555+ | おとうさんのおもちゃばこ

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正社員待遇の雇用と夢の様な高給に魅かれ、乾はあっさりと新しい仕事に就くことを同意した。
アタッシュケースに納められていた銀色に輝く無骨な携帯電話とデジカメ、ポインター…そして巨大なベルト。これが新しい飯の種だ。
カチリと運命の扉が閉められて一週間…。
最初の一日こそ膨大な枚数の同意書、宣誓書の署名に辟易したが、その後の「フォトンブラッド流動時における衛星経由外燃機関搭載型特殊強化服の機動性及び汎用性の実験」は新しい技術発展に貢献しているという高揚感なのだろうか、充実した日々だと乾は満足していた。
なにより…余計な人間関係が無いのが良い…。
奴等が欲しいのはデーターのみだ。
そして俺が欲しいのは金だけなのだ…。
いぬいくん?
夜の帳が降り始め、帰路を急ぐ人々が行きかう交差点で乾は確かにすれ違いざまに自分の名を聞いた。
振り向くと黒いジーンズを履き、黄色いTシャツに薄手のジャンパーを着た若い女性がこちらを見つめていた。丸顔にクリクリとした大きな瞳に乾が写っている。
「あたしの事覚えてる?」
記憶の糸を手繰る乾と彼女の時間はゆっくりとまどろみ、色だけを残す光の筋のように人々は流れていった。